矯正で歯茎が下がる原因と治療前後にできる予防策を専門医が解説
矯正で歯茎が下がるのは、歯を支える歯槽骨という骨の薄い部分で歯を動かすと、その上の歯茎も追従して下がるためです。ただし、すべての方に同じ程度で起きるわけではなく、骨と歯茎の状態・年齢・歯周病の有無で差が出ます。
リスクを正しく知り、治療前後の予防策を押さえておけば、長期間の治療に安心して向き合えます。
歯肉退縮はなぜ起きるのか:メカニズムを理解する
歯肉退縮は歯茎単体で起きる現象ではありません。歯茎の下の歯槽骨が薄くなると、その上の歯茎も追従して下がるのが基本のしくみです。
歯槽骨と歯茎の関係
歯茎は歯槽骨という骨の上にかぶさっています。骨が厚ければ歯茎も高い位置を保ちますが、薄いと土台が弱く、炎症や刺激で下がります。
「歯を動かせば骨も歯茎もついてくる」と思われがちですが、骨の追従には限界があります。
骨の外側(唇側や頬側)の壁はもともと薄く、無理な方向に動かすと吸収されます。骨が痩せた分、歯茎の高さも下がります。
矯正力が歯肉退縮を起こす2つのパターン
歯肉退縮が起きやすいのは、歯を骨の薄い方向へ押し出すケースと、必要以上の力で短期間に動かすケースの2つです。
1つ目は、抜歯せずに歯列を外側へ広げる治療です。骨の中央付近を動く分には骨が追いついてきますが、外側の薄い骨壁を超えると、骨と歯茎は一緒に追従できません。
2つ目は、過剰な力で短期間に動かす場合です。歯は弱い力で動かすと、押された側の骨が吸収され、引かれた側に新しい骨ができます。強すぎる力では吸収だけが先行し、新生する骨が追いつきません。結果として骨が痩せ、歯茎も下がります。
歯周病が加わると退縮は加速する
矯正そのものより、背景の歯周病が退縮を進めるケースは少なくありません。炎症が続く歯は、骨と歯茎の土台がすでに弱い状態です。そこに矯正の力が加わると、健康な歯では起きない退縮が短期間で進みます。
矯正前に歯周病を治療し、炎症を落ち着かせてから歯を動かす順序が、退縮を抑える鍵です。
歯肉退縮を起こしやすい方の特徴
歯肉退縮はどなたにも起こりうる一方、注意が必要な方の傾向ははっきりしています。事前に当てはまるかを把握しておくと、検査で担当医と踏み込んだ話ができます。
歯槽骨が薄い方(特に下の前歯)
下の前歯の表側(唇側)はもともと骨の壁が薄い部位です。日本人は欧米人より顎の骨格が薄い傾向もあり、同じ動かし方でも下の前歯ほど退縮が出やすい部位はありません。
CTで骨の厚みを見ると、下の前歯の唇側は1mm未満しかない方も珍しくありません。歯を少し前へ出すだけで骨壁を超えてしまいます。
30代以降で矯正を始める方
30代以降で退縮が出やすい理由は、「すでに歯茎・骨の状態が変化していること」にあります。歯ブラシの当たり方や歯ぎしり、過去の歯周病の経験が、歯茎に痕跡として残っている方が多いためです。
軽度の歯周病があった方や歯磨きで強くこすってきた方は、矯正開始時点で歯茎がやや下がっています。動かすと、薄い部分にさらに負担がかかります。
30代以降の方は、初診段階で歯茎と骨の現状を細かく確認しておくと安心です。
歯ぎしり・食いしばりの習慣がある方
夜間の歯ぎしりや日中の食いしばりがある方は、矯正をしていなくても歯肉退縮や歯のすり減りが進みやすい傾向があります。これは過剰な力が繰り返しかかるためです。
矯正中はそこに装置の力が加わります。歯ぎしりの習慣を担当医に伝え、必要に応じてナイトガード等で歯への負担を分散するのが鍵です。
市販のマウスガードの自己判断装着は装置と干渉するため、必ず矯正担当医と相談してから進めます。
歯肉退縮が起こるとどうなるか
歯茎が下がること自体は痛みがないため、ご自身では気づきにくい変化です。放置すると見た目・知覚過敏・ケアの難しさで日常生活に影響が出ます。
見た目の変化:歯が長く見える、ブラックトライアングル
歯茎が下がると歯の根元が露出し、歯が以前より長く見え、歯と歯のあいだに黒い三角形(ブラックトライアングル)が現れるという変化が出ます。
ブラックトライアングルは、叢生を矯正で並べた直後に起こりやすい現象です。歯が重なっている部分は歯槽骨も歯茎も少ないために起こります。
歯がきれいに並んだ後に「歯と歯のあいだの歯茎が足りない」状態が見えてきます。
年齢による歯茎全体の下がりと区別がつきにくく、矯正前にこの可能性を担当医とすり合わせておくと、治療後の納得感が変わります。
知覚過敏:冷たいものがしみる
歯の根元(歯根)の表面はエナメル質に覆われていません。歯茎が下がって露出すると、冷たい飲み物や歯ブラシの当たりでしみる症状が出ます。
矯正中の知覚過敏は、装置の力で一時的に敏感になる場合と、歯茎の後退で歯根が出ている場合があります。後者は装置を外しても症状が残ります。
冷たいものでしみる感覚が続くなら、それが「装置の影響」なのか「歯茎の退縮」なのかを担当医に診てもらうのが先決です。
虫歯・歯周病リスクの上昇
露出した歯根の表面は、エナメル質よりやわらかいセメント質でできています。エナメル質に比べて酸に弱く、虫歯になりやすい部位です。
さらに歯と歯茎の境界がはっきりしなくなり、歯垢も溜まりやすくなります。退縮が起きると、見た目だけでなく虫歯と歯周病のリスクが上がります。
退縮した部位の管理は治療終了後のメンテナンスとしても続けます。
治療前にできる予防策
歯肉退縮の予防は、矯正の力が加わる前の段階で大半が決まります。
動き出してからリスクに気づくよりも、治療開始前に骨と歯茎の状態を把握し、動かせる範囲を見極めることが最も効率的です。
精密検査で骨と歯茎の状態を把握する
矯正の精密検査では、レントゲン写真や口腔内写真に加え、CTで歯槽骨の厚みを確認することがあります。骨が薄い下の前歯の唇側を中心に厚みを把握してから治療計画を立てます。
骨の厚みがわかると、「この方向にはこれ以上動かせない」「ここから先は退縮のリスクが高い」という線引きが具体的に見えます。
歯周病を治療してから矯正に入る
歯周病の炎症が残ったまま矯正を始めると、退縮や骨吸収が進みやすくなります。順序として、歯周病の検査と治療を済ませ、炎症を落ち着かせてから矯正に入るのが基本です。
歯周病の程度によっては、ブラッシング指導とクリーニングで済むこともあれば、歯周ポケットの深い部位の治療が必要なこともあります。
矯正が始まると装置で歯磨きが難しくなります。矯正前に歯磨き方法と道具を身につけておけば、治療中も歯茎を健康に保ちやすくなります。
治療計画のポイントを担当医と共有する
検査結果を踏まえて、担当医と話し合いたいポイントがあります。
「どのくらい歯を外側に動かす計画か」「抜歯と非抜歯のどちらを選ぶか」「下の前歯の歯茎の状態をどう見ているか」の3点は、退縮リスクに直結します。
矯正は数年単位の長い治療です。納得しないまま装置を着けはじめると、途中で疑問が出てきたときに相談しづらくなります。
検査結果の理解にしっかり時間を使い、ご本人が方針を理解された状態で治療を始めていただくことが後の後悔を防ぐ対処法になります。
矯正中にできるセルフケアと注意点
治療が始まったあとも、毎日のセルフケアと装置の管理で退縮の進行はかなり抑えられます。
完璧を目指す必要はなく、「力をかけすぎない歯磨き」と「装置に違和感が出たら放置しない」の2つを意識するだけで結果は変わります。
ブラッシングは「力加減」と「道具選び」がカギ
矯正中は装置の周りに汚れがたまりやすいため、つい力を入れてゴシゴシ磨きがちです。しかし、強すぎるブラッシングは歯茎を傷つけ、歯肉退縮を悪化させる原因になります。
歯ブラシは毛先が「やわらかめ」または「ふつう」のものを選び、歯茎と歯の境目に毛先を45度の角度で当てて小刻みに動かす方法が推奨されます。矯正装置の周囲にはタフトブラシ(毛束が1つの小さなブラシ)や歯間ブラシを併用すると、歯茎に過度な圧をかけずに汚れを落とせます。
ブラッシングの方法は歯科衛生士から指導を受けられるので、通院のたびに磨き残しのチェックを受けると効果的です。
装置の不具合を放置しない
ワイヤーが歯茎に刺さっている、ブラケットが外れて歯茎に当たっているといった状態を放置すると、歯茎への物理的な刺激が続き、その部位の歯肉退縮が進む可能性があります。
装置に違和感を感じた場合は、次の予約を待たずに早めに連絡して調整を受けることが大切です。小さなトラブルでも放置期間が長くなるほど歯茎へのダメージが蓄積します。
矯正中の歯周管理を怠らない
矯正中は月に1回程度の通院で装置の調整を行いますが、その際に歯周ポケットの深さや歯茎の状態を定期的にチェックしてもらうことが重要です。歯茎の退縮は本人が気づかないうちに進行することが多く、定期チェックで早期に発見できれば、矯正力の調整や清掃指導などの対応が取れます。
矯正専門歯科と一般歯科の両方に通院している場合は、一般歯科でもクリーニングと歯周検査を定期的に受けておくと、矯正治療だけではカバーしきれない歯周管理を補えます。
長期治療だからこそ重要な定期チェックと早期対応
矯正は数年単位で続く治療です。途中で何かが起きても、早く気づけば選択肢は広がります。退縮が進んでから気づくと、できることが限られます。
歯肉退縮は一度進むと自然には戻らない
歯肉退縮の最も重要な特徴は、一度下がった歯茎は自力では回復しないという点です。歯茎は皮膚のように再生する組織ではなく、失われた歯槽骨が自然に回復しない以上、歯茎も元には戻りません。
だからこそ、「気になり始めたとき」ではなく、定期的に歯茎の状態を確認する意味があります。矯正治療は長い期間をかけて少しずつ歯を動かす治療であり、その間に歯茎の変化を見逃さないことが最終的な仕上がりの質に直結します。
毎回の通院で確認しておきたいこと
毎月の調整のたびに見ていただきたいのは、次の3点です。
- 歯茎の高さに変化がないか
- しみる場所が増えていないか
- 歯と歯のあいだに食べ物が以前より挟まらないか
これらは退縮の初期サインです。違和感がひとつでもあれば、その日の調整で担当医に伝えていただけると、原因の切り分けがしやすくなります。
早期に対応すれば選択肢が広がる
歯肉退縮の初期段階であれば、矯正力の方向や強さを調整することで進行を止められる場合があります。例えば、歯が骨の外側に傾きすぎている場合は、歯を内側に戻す方向に力をかけ直す、あるいは力の強さを弱めるといった対応が可能です。
進んでしまった場合でも、矯正と並行して歯周外科を受けるか、矯正終了後に対応するかなど、計画を組み直す余地が残ります。
早い段階で担当医に相談し、矯正力の微調整で対応できるうちに手を打つことが、結果的に治療全体の負担を減らします。
歯茎が下がってしまった場合の治療法
すでに歯茎が下がっている場合でも、状況に応じて回復を目指す治療法があります。歯肉移植は歯周外科の領域で、矯正歯科とは別の専門性が要ります。
一般的な選択肢と適応をご紹介しますので、ご自身に合うかは歯周外科に対応している医療機関でご相談ください。
結合組織移植術(CTG)
上顎の内側(口蓋)から結合組織のみを採取し、歯茎が退縮した部位に移植する方法です。移植した組織の上に既存の歯茎をかぶせるため、仕上がりが自然で審美性に優れているのが特徴です。
主に前歯など見た目が重視されるエリアで行われます。移植元と移植先の2か所を外科的に処置するため、術後の腫れや痛みはある程度生じますが、1〜3ヶ月程度で組織が安定してきます。保険適用外の自費治療となるケースが一般的です。
遊離歯肉移植術(FGG)
上顎の内側から「上皮+結合組織」の2層を採取し、歯茎が退縮した部位に移植する方法です。CTGと比べると術式がシンプルで、丈夫な角化歯肉(硬い歯茎)を獲得できる点が利点です。
ただし、移植した組織の色味が周囲と異なることがあるため、前歯よりも奥歯の歯茎に用いられることが多くなります。こちらも自費治療が一般的です。
その他の対処法
外科処置以外の選択肢には、ブラックトライアングルへのダイレクトボンディング、知覚過敏への象牙質コーティング、歯ぎしり対策のナイトガード装着などがあります。
退縮の程度や本人のご要望、コストの考え方によって、外科処置を行うか保存的なアプローチで様子を見るかは分かれます。
まとめ
矯正で歯茎が下がる現象は、骨の薄さ・歯周病・装置のかかり方の組み合わせで決まります。
ただし、リスクの大きさは事前の検査と治療計画でかなり変えられます。
矯正は数年単位の治療です。途中で気になることが出てきたら、その都度お話しいただける雰囲気が、長く治療を続けていただくために何より大切だと考えています。
矯正と歯肉退縮の予防についてご相談いただける場所をお探しの方は、矯正歯科・口腔ケアクリニック知事公館前にご相談ください。まずはご自身の状態を知るところから始められますので、すぐに治療を決める必要はありません。
記事監修者

矯正歯科・口腔ケアクリニック知事公館前
院長 三木 善樹
大学病院で培った治療と予防の経験を地域の皆様にお届けしていきたいと考えております。
矯正治療は長い時間をかけて歯並びを整える治療です。治療期間を通じて信頼できるパートナーとして寄り添えるよう、スタッフ一同努めてまいります。
- 経歴
- 1993年 徳島大学歯学部卒業
- 1997年 徳島大学大学院歯学研究科修了
- 1997年 徳島大学歯学部矯正学講座助手
- 2004年 札幌医科大学医学部口腔外科学講座助手
- 2007年 札幌医科大学医学部口腔外科学講座助教
- 2022年 矯正歯科・口腔ケアクリニック知事公館前院長
- 所属学会
- 日本矯正歯科学会・認定医
- 日本口腔外科学会
- 日本顎変形症学会
- 日本口蓋裂学会
- 日本顎関節学会
- 北海道矯正歯科学会
- 日本骨代謝学会
- 歯科臨床研修医指導医
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