顎変形症の矯正治療が保険適用になる条件と費用の全体像
顎変形症と診断された方の矯正治療は、外科手術を併用するケースに限って健康保険が使えます。ただし「顎変形症だから自動的に保険が適用される」わけではなく、診断・施設・装置の3つの条件をすべて満たしたときだけ保険診療になります。条件のいずれかが欠けると矯正治療も手術もすべて自費になり、総額は数百万円規模で変わります。
ご自身のケースで保険が使えるのか、診療の現場で実際にお伝えしている内容に沿って解説します。
顎変形症とは:矯正治療だけでは改善できない骨格のずれ
顎変形症は、上顎と下顎の骨そのものに大きさ・位置・形のずれがあり、歯を動かすだけでは噛み合わせを整えられない状態です。鏡で見た際に、明らかに口元が歪んでいる、非対称という方は顎変形症の可能性があります。
歯のレベルの問題と骨格のレベルの問題は、見た目が似ていても治療の道筋が違います。歯の傾きや位置のずれなら矯正治療だけで噛み合わせを整えられますが、骨格そのものが大きくずれている場合、歯をどう動かしても土台が動かないため、機能的な噛み合わせまで戻りきりません。
顎変形症に含まれる代表的な症状
顎変形症と呼ばれる状態には、ずれの方向や程度によっていくつかの症状が含まれます。
- 下顎前突症:下顎が上顎より前に出ている状態(骨格性の「受け口」)
- 上顎前突症:上顎が下顎に対して過剰に前に出ている状態
- 上顎後退症・下顎後退症:いずれかの顎が後方に位置している状態
- 開咬症:奥歯を噛んでも前歯が閉じない状態
- 顔面非対称症:顎が左右どちらかにずれている状態
いずれにも共通するのは、歯を動かすだけでは根本的な改善が難しく、顎の骨を外科手術で動かす必要がある点です。ご自身のずれが「歯のレベル」なのか「骨格のレベル」なのかは、レントゲン・CT・セファロ分析(頭部の骨格を計測する検査)の数値をもとに判断します。本人が気にされている部位と、骨格の数値が示すずれの中心がずれているケースもあるため、自己判断ではなく検査結果で確認していただくことが出発点です。
顎変形症と顎関節症は別の疾患
名前が似ているため混同されやすいのですが、顎変形症と顎関節症はまったく別の疾患です。顎関節症は顎の関節やその周囲の筋肉に痛み・開口制限・関節音などの症状が出る状態で、骨格のずれそのものを指す病名ではありません。
顎関節症だけでは矯正治療に保険は適用されません。「顎に違和感があるから顎変形症かもしれない」と心配される方もいらっしゃいますが、まずは骨格のずれがあるかどうかを画像検査で確認することが先です。両方の疾患を併せ持つこともあるため、診断は慎重に進めます。
保険適用になる3つの条件
顎変形症の矯正治療で健康保険が使えるかどうかは、「外科手術が必要な診断」「顎口腔機能診断施設での治療」「保険で認められた装置の使用」の3つすべてを満たすかで決まります。1つでも欠けると、矯正治療部分も手術部分もすべて自費に切り替わります。順番に見ていきます。
条件1:外科手術が必要と診断されること
最初の条件は、矯正治療だけでは噛み合わせの改善が見込めず、顎の骨に対する外科手術を必要とすると診断されることです。診療報酬上の対象は「顎離断等の手術を必要とする顎変形症の患者」と定められており、診断名がついても手術を伴わない場合は保険の枠から外れます。
ここで気をつけていただきたいのは、「顎変形症の診断=保険適用」ではないという点です。骨格のずれが軽度で矯正治療のみで対応できる場合や、ご本人が手術を希望されない場合は、自費の矯正治療になります。手術が必要かどうかは、骨格の数値・噛み合わせの状態・機能的な障害の程度を総合して判断します。
条件2:顎口腔機能診断施設で治療を受けること
2つ目は、治療を受ける医療機関が厚生労働大臣の定める施設基準を満たし、地方厚生(支)局長に届出を済ませた「顎口腔機能診断施設」(通称:顎診)であることです。この届出を出している医療機関でなければ、顎口腔機能診断料を算定できません。すべての矯正歯科で保険適用の顎変形症治療が受けられるわけではない、という意味になります。
施設基準の主な要件は次の3点です。
- 下顎運動検査または舌接触運動検査と、咀嚼筋筋電図検査が実施できる機器を備えていること
- 矯正歯科を専門とする常勤歯科医師と、専従の常勤歯科衛生士が一定数勤務していること
- 口腔外科または形成外科を標榜する医療機関と連携体制が整っていること
ご自身の地域で顎口腔機能診断施設を探す方法は2つあります。お住まいの地域を管轄する地方厚生局のサイトで「施設基準届出受理医療機関名簿」を確認するか、日本矯正歯科学会のホームページから検索してください。当院は顎口腔機能診断施設として届出を出しており、保険適用の外科矯正に対応しています。
条件3:表側ワイヤー矯正(唇側矯正)で治療すること
3つ目は装置の選択です。健康保険で算定できる矯正装置は限定されており、実務上は表側のワイヤー矯正(唇側矯正)が保険適用の対象になります。マウスピース矯正(インビザライン等)や裏側矯正(舌側矯正)は、現行制度の保険適用対象には含まれません。
誤解しやすいのは、装置の選択が外科手術の保険適用にも連動する点です。「矯正は裏側にしたい」「マウスピースで進めたい」と希望されて自費に切り替えると、その後に行う外科手術も連動して自費扱いになります。
装置選びの段階で、費用総額が数百万円単位で変わる分岐になります。
見た目の負担が気になる方には、保険適用の表側ワイヤー矯正の中でも目立ちにくくする工夫があります。当院では透明感のあるセラミックブラケットとホワイトワイヤーを組み合わせた治療を行っていますので、金属の装置に抵抗がある方も検討しやすくなります。
保険適用時の費用と高額療養費制度
保険適用の外科矯正は、自費治療と総額が大きく異なります。費用を考えるうえで知っておきたいのは「3割負担での自己負担額の目安」と「手術と入院の月にまとまった医療費がかかったときに使える高額療養費制度」の2つです。
保険適用時の自己負担額の目安
3割負担の場合、顎変形症の外科矯正にかかる自己負担額の総額は、矯正治療と外科手術を合わせて60〜80万円程度が一般的な目安です。内訳は次のとおりで、これに検査料・診断料・処置料が加わります(医療機関や症例で幅があります)。
| 項目 | 自己負担額の目安(3割負担) |
|---|---|
| 矯正治療(術前+術後の合計) | 20〜30万円程度 |
| 外科手術・入院 | 20〜30万円程度 |
同じ治療を自費で受けた場合は総額200〜300万円程度が目安となり、保険適用との差は数倍に及びます。費用面を理由に治療開始をためらわれる方にとって、保険の枠に入れるかどうかは判断の分かれ目になります。
これらは1回でまとまって発生するのではなく、術前矯正・手術・術後矯正と段階的に分散します。家計への影響を考えるときは「総額がいくらか」と並んで「どの月にまとまるか」も把握しておくと、無理のない見通しが立てやすくなります。
高額療養費制度で手術費用の負担を軽減できる
外科手術と入院は、保険適用といっても1ヶ月のうちに医療費がまとまるため、その月の自己負担が大きくなります。ここで使えるのが高額療養費制度です。1ヶ月(暦月)の自己負担額が所得に応じた限度額を超えた場合、超えた分が後から払い戻される仕組みで、入院月の支出を大きく抑えられます。
70歳未満の自己負担限度額(1ヶ月あたり)の目安は次のとおりです。
| 所得区分 | 自己負担限度額(1ヶ月) |
|---|---|
| 区分ア(年収約1,160万円以上) | 252,600円+(医療費−842,000円)×1% |
| 区分イ(年収約770〜約1,160万円) | 167,400円+(医療費−558,000円)×1% |
| 区分ウ(年収約370〜約770万円) | 80,100円+(医療費−267,000円)×1% |
| 区分エ(年収約370万円未満) | 57,600円 |
| 区分オ(住民税非課税世帯) | 35,400円 |
たとえば区分ウ(年収約500万円)の方が、外科手術を行った月に医療費30万円(10割)がかかった場合、限度額は「80,100円+(300,000円−267,000円)×1%=80,430円」になります。3割負担で支払った金額のうち、この限度額を超える分が高額療養費として払い戻されます。
入院前に、加入している健康保険(協会けんぽ・健保組合・国民健康保険など)に申請して「限度額適用認定証」を取得しておくと、退院時の窓口支払いを限度額までに抑えられます。後から払い戻しを受ける形ではなく、立て替え自体を減らせる仕組みです。入院日が決まったら早めに手続きを進めると安心です。
治療の流れと各段階の期間
顎変形症の外科矯正は、初診から保定終了までおおよそ3〜5年かかります。各段階で何をするのか、どのくらいかかるのかを順を追ってお伝えします。
初診・検査・診断
初診では問診と口腔内の確認、レントゲン撮影を行い、骨格のずれが疑われる場合に精密検査へ進みます。精密検査ではセファロ分析・CT・歯型採得をもとに骨格と歯列を立体的に評価し、外科手術が必要かどうかを診断します。
この段階の期間はおおむね1〜2ヶ月です。診断内容は保険算定の根拠にもなりますので、書面でご説明したうえで、ご納得いただいてから治療開始を決める流れにしています。
術前矯正(1〜2年程度)
外科手術の前に、ワイヤー矯正で歯並びを整える期間です。手術で顎の骨を動かしたとき、上下の歯がきれいに噛み合うように歯の位置を計画的に動かしておきます。通院は3〜4週間に1回程度です。
期間の目安は1〜2年で、症例によってはそれ以上かかります。
この期間中、見た目は一時的に「噛み合わせが悪くなったように見える」ことがあります。手術で動かす分を見越して歯を配置するため、術前矯正の途中段階では「治っていないのでは」と感じやすい時期です。これは計画通りの経過ですが、不安があれば調整時にその都度ご相談ください。
外科手術と入院(1〜2週間程度)
口腔外科を擁する連携病院で手術を行います。全身麻酔下で顎の骨を計画的な位置に移動させ、プレートやスクリューで固定します。入院期間は手術前後を含めて1〜2週間程度が一般的です。
手術後は数日間、頬の腫れや顎の動きにくさが続きます。食事は徐々に普通食へ戻していきますが、骨が安定するまでの数週間は柔らかいものを中心にする生活になります。仕事や学校への復帰時期は症例によりますが、退院から2〜4週間程度で日常生活に戻られる方が多くいらっしゃいます。
術後矯正(6ヶ月〜1年程度)
手術で顎の位置が整った後、噛み合わせの細かい調整を続ける期間です。骨の固定が安定するまで、最初の数ヶ月は3〜4週間に1回程度の通院になります。その後は通院間隔が徐々に開いていきます。
ここで行うのは、新しい顎の位置に合わせた歯の最終調整です。手術で大きな枠組みは整っているため、術前矯正よりも見た目の変化に手応えを感じやすい時期でもあります。腫れが落ち着き、食事や発音も日常レベルに戻っていきます。
保定期間(2年程度)
矯正装置を外したあと、整えた歯並びと噛み合わせを安定させる期間です。リテーナー(保定装置)で歯の後戻りを防ぎながら、新しい骨格と歯列の位置関係を体に馴染ませていきます。通院は2〜3ヶ月に1回程度で、期間の目安は2年です。
顎の骨を動かしている分、保定期間で守るべき装着時間は通常の矯正よりも厳密になります。ここを軽く考えてしまうと、整えた噛み合わせが微妙に戻り、長い治療期間の意味が薄れてしまいます。リテーナーの装着時間と通院ペースは、治療終了時にお渡しする計画書のとおりに進めてください。
保険適用にならないケースと注意点
「顎変形症」という診断名でも、保険適用の枠から外れるケースがあります。治療開始後に「実は保険が使えなかった」と分かると費用負担が大きく変わりますので、ご自身のケースに該当する可能性があるかを、治療を始める前に確認しておくことが大切です。
矯正治療のみで改善が見込める軽度のケース
骨格のずれが軽度で、矯正治療のみで噛み合わせを改善できる場合は保険適用の対象になりません。精密検査の結果、ずれの程度が小さく外科手術を併用しなくても機能的・審美的な目標を達成できると判断される場合は、自費の矯正治療として進めていただきます。
「外科手術を避けたい」というお気持ちで矯正治療のみを選ばれる方もいらっしゃいます。この場合も保険適用の枠からは外れますが、ご自身の身体的・心理的な負担を含めた選択として尊重されるべきお気持ちです。診断時には、外科手術ありの場合となしの場合で得られる結果がどう違うかを丁寧にお伝えしています。
顎口腔機能診断施設以外で治療を始めた場合
届出のないクリニックで治療を開始すると、たとえ後から外科手術を併用しても保険算定の対象になりません。途中で施設を変えれば保険に切り替わる、という運用もできない点にご注意ください。
矯正歯科を選ぶ段階で顎変形症の可能性を視野に入れているなら、最初の問い合わせのときに「顎口腔機能診断施設の届出を出していますか」と確認することをおすすめします。一般の矯正歯科で診断を受けてから施設を変える流れは、検査費用と通院期間の両方でロスが大きくなります。
マウスピース矯正や裏側矯正を選んだ場合
矯正装置の選択は、外科手術の保険適用にも連動します。マウスピース矯正や裏側矯正を選ぶと、矯正治療と外科手術の両方が自費に切り替わります。現行制度では装置の種類が保険適用の可否を分けます。
見た目の負担を減らしたい場合は、保険適用の枠を保ったまま装置を工夫する方法を先に検討してみてください。透明感のあるセラミックブラケットや、目立ちにくいホワイトワイヤーを組み合わせると、表側でも金属感はかなり抑えられます。装置選択の段階で総額が大きく動くため、診断時に費用差を含めてご相談いただけますと安心です。
まとめ
顎変形症の矯正治療に健康保険が使えるかどうかは、次の3つで決まります。
- 外科手術を必要とする顎変形症と診断されること
- 顎口腔機能診断施設で治療を受けること
- 表側ワイヤー矯正(唇側矯正)で治療すること
3割負担での自己負担額は矯正治療と外科手術を合わせて60〜80万円程度が目安で、自費の場合(200〜300万円程度)と比べると差は数倍にのぼります。手術と入院の月は高額療養費制度の対象になりますので、限度額適用認定証を事前に取得しておくと窓口負担を抑えられます。
矯正歯科・口腔ケアクリニック知事公館前では、大学病院で約30年にわたり顎変形症の治療に携わってきた経験を活かし、保険適用の外科矯正に対応しています。検査・診断から保定終了までの長い期間を、信頼できるパートナーとして一緒に歩めるよう努めています。「自分のケースで保険が使えるのか」を確かめたい段階の方も、初診相談からお気軽にお越しください。
記事監修者

矯正歯科・口腔ケアクリニック知事公館前
院長 三木 善樹
大学病院で培った治療と予防の経験を地域の皆様にお届けしていきたいと考えております。
矯正治療は長い時間をかけて歯並びを整える治療です。治療期間を通じて信頼できるパートナーとして寄り添えるよう、スタッフ一同努めてまいります。
- 経歴
- 1993年 徳島大学歯学部卒業
- 1997年 徳島大学大学院歯学研究科修了
- 1997年 徳島大学歯学部矯正学講座助手
- 2004年 札幌医科大学医学部口腔外科学講座助手
- 2007年 札幌医科大学医学部口腔外科学講座助教
- 2022年 矯正歯科・口腔ケアクリニック知事公館前院長
- 所属学会
- 日本矯正歯科学会・認定医
- 日本口腔外科学会
- 日本顎変形症学会
- 日本口蓋裂学会
- 日本顎関節学会
- 北海道矯正歯科学会
- 日本骨代謝学会
- 歯科臨床研修医指導医
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