上顎前方牽引装置とは?仕組みや治療時期、費用の目安を歯科医師が解説
上顎前方牽引装置は、お子様の上顎の骨そのものを前に引き出して受け口を改善する装置です。歯の傾きを変えるワイヤー矯正やマウスピース矯正と違い、上顎の骨が成長している時期にしか効果を発揮できないため、いつ始めるかが治療の結果を大きく左右します。
上顎前方牽引装置とは:上顎の骨ごと前に引き出す矯正装置
「歯並びを治す装置」と聞いて多くの方が思い浮かべるのはワイヤーやマウスピースですが、上顎前方牽引装置は別の役割を担います。歯1本1本を動かすのではなく、上顎の骨そのものを前方に誘導するための装置で、フェイスマスクやプロトラクターとも呼ばれます。
装置の構成と力のかかり方
上顎前方牽引装置は、お口の中の固定式装置と、お顔に当てるフェイスマスク、それを結ぶ小さな輪ゴム(エラスティック)の3つで構成されています。
お口の中には、上顎を横に広げる急速拡大装置や、左右の歯をつなぐリンガルアーチといった固定式の装置を先に入れ、そこに牽引用のフックを取り付けます。お顔側には、おでこと顎の2点で支えるフェイスマスクを当て、お口の中のフックとフェイスマスクを輪ゴムでつなぎます。ゴムの弾力で上顎が前方に引っ張られる、という仕組みです。
最初はゆるい輪ゴムから始めて段階的に力を強くしていくため、装着初日から痛みでつけられないというケースはほとんどありません。お子様が違和感に慣れる時間を設けながら、徐々に治療効果を出していきます。
急速拡大装置との併用が多い理由
骨格性の受け口があるお子様は、上顎が前後だけでなく横幅にも狭いことが多くあります。このとき、まず上顎を横に広げる急速拡大装置を使い、上顎の中央にある骨の合わせ目(正中口蓋縫合)が開いた直後に前方への牽引を始めると、骨が動きやすい状態で引き出せるため効果が出やすくなります。
骨が動きやすいのは縫合部が開いた直後の限られた期間なので、横方向の拡大と前方への牽引はワンセットで計画することが多くなります。受け口の小児矯正でこの組み合わせが広く使われているのは、骨の生理的な変化を最大限に活用できるからです。
上顎前方牽引装置が必要になるケースと適切な治療時期
上顎前方牽引装置を使うかどうかは、受け口の原因が「歯の傾き」なのか「顎の骨格」なのかで決まります。
どのような受け口に使われるか
受け口(反対咬合)の原因は、大きく2つに分かれます。上の前歯が内側に倒れ込んでいるだけの「歯性」のものと、上顎の骨そのものの成長が足りていない「骨格性」のものです。
上顎前方牽引装置が適応となるのは、骨格性の反対咬合です。上顎の発育不足によって上顎が下顎より相対的に後ろにある場合に、骨ごと前に引き出す治療が必要になります。歯の傾きが原因の歯性の反対咬合であれば、リンガルアーチなど歯の傾きを変える別の装置で対応できる場合もあるため、まず精密検査で原因を見極めることが出発点です。
外見上は同じ「受け口」に見えても、原因が違えば必要な装置はまったく異なります。お子様の受け口の原因がどちらに当たるかは、レントゲン撮影で上顎と下顎の位置関係を分析しなければ判断できません。
治療を始める時期が限られる理由
上顎前方牽引装置は、上顎の骨が成長している時期にしか効果を発揮できません。上顎骨の成長は10歳前後でピークを迎え、その後は急速に収束に向かうため、ピークを過ぎてから装置を使っても骨を前方に動かす効果は十分に得られなくなります。
上の前歯が永久歯に生えかわり始める6〜8歳ごろに一度受診しておくと、必要があればすぐに治療を始められます。乳歯列の段階(3〜5歳ごろ)で受け口に気づいた場合も、まず矯正専門のクリニックに相談しておくと、成長の経過を見ながら最適な開始時期を判断できます。
「もう少し様子を見よう」と待っているうちに成長のピークを過ぎてしまうケースは少なくありません。受け口は自然に治ることもあれば、放置すると改善が難しくなる種類もあります。気になり始めた段階で一度検査を受け、「今すぐ始めるべきか」「いつ始めるか」の見通しを立てておくことが、選択肢を広げる第一歩になります。
治療の流れと装置の使い方
上顎前方牽引装置を使った治療は、検査・装置の装着・経過観察の段階を経て進みます。
検査から装着までのステップ
最初に、レントゲン撮影と歯型の採取を含む精密検査を行います。頭部を横から撮影するセファロ写真で上顎と下顎の骨格的な位置関係を分析し、受け口の原因が骨格にあるかどうかを確認します。
検査結果をもとに治療計画を立てたあと、まずお口の中に固定式の装置(急速拡大装置やリンガルアーチ)を装着します。お口の中の装置を数週間使ってから、フェイスマスクを追加して牽引を開始するのが一般的な流れです。お口の中の装置に慣れる時間を先に確保することで、フェイスマスクの装着開始時にお子様の負担を抑えられます。
装着時間の目安と日常生活での使い方
フェイスマスク部分は取り外しのできる装置です。ご自宅にいる時間と就寝中に装着するのが基本で、学校や外出先でつける必要はありません。
装着時間の目安は1日8〜12時間程度で、最終的な時間は担当医の指示に従います。テレビを見ている時間、宿題をしている時間、就寝時間を合わせれば達成しやすい設定です。食事と歯磨き、入浴の時間は外します。
輪ゴムは基本的に毎日新しいものに交換します。お子様自身がフックにゴムをかけられるように、クリニックでも使い方をお伝えします。
通院のペースと経過観察
装置を使い始めたあとは、おおむね月1回の通院で装置の調整とお口の中の状態確認を行います。ゴムの強さを段階的に上げていく時期は調整が大切なため、通院間隔は担当医の判断によります。
上顎前方牽引装置による治療(一期治療)の期間は1〜2年程度が目安です。その後、永久歯がすべて生えそろうまでの期間は経過観察に入ります。経過観察が必要なのは、思春期の成長過程(特に下顎の成長)によって咬み合わせが再び変化することがあるためです。
永久歯列が完成した段階で、咬み合わせの状態によっては二期治療(ワイヤー矯正などで歯並びを整える治療)に進みます。一期治療で骨格のバランスが整っていれば、二期治療が不要になったり、期間が短く済んだりする場合もあります。
上顎前方牽引装置のメリットと事前に知っておきたい注意点
上顎前方牽引装置には、成長期だからこそ得られるメリットと、保護者の方が事前に知っておきたい注意点があります。
成長期に治療するメリット
成長期に上顎前方牽引装置を使うメリットは、大きく分けて3つあります。
| メリット | 内容 |
|---|---|
| 外科手術の回避 | 成長期に上顎の前方成長を促しておくことで、成人後に顎の骨を切る外科手術が必要になる可能性を下げられる |
| 後戻りが少ない | 歯の傾きだけを変える治療と比べて、骨格そのものが整うため安定しやすい |
| 身体的な負担が比較的軽い | お子様自身の成長する力を利用するため、無理に骨を動かす治療と比べて負担が少ない |
成長が止まったあとの骨格性反対咬合は、外科手術で顎の骨の位置を変える治療が選択肢になるため、成長期に手を打てるかどうかは将来の治療負担に直結します。お子様の負担を考えても、適切な時期に始められるかどうかは大きな分かれ目です。
事前に知っておきたい注意点
メリットがある一方、上顎前方牽引装置には以下の点に注意が必要です。
お子様自身の協力なしには効果が出ない装置という点が、ほかの矯正装置と最も違うところです。取り外し式のため、毎日決まった時間つけることが治療の前提になります。「今日は面倒だから外す」が続くと、治療期間が延びたり十分な効果が出なかったりすることがあります。
お口の中の固定装置の周囲には、汚れがたまりやすくなります。歯磨きがしづらくなるため、普段以上にていねいなブラッシングが必要です。通院時のクリーニングに加えて、自宅でのケアが重要になります。
最初は痛みや違和感がありますが、ゆるいゴムから始めるため徐々に慣れていくことがほとんどです。
治療にかかる期間と費用の目安
治療期間の目安
上顎前方牽引装置を使う一期治療の期間は、1〜2年程度が一般的な目安です。お子様の成長スピードや反対咬合の程度によって、この範囲のなかで前後します。
治療期間に影響する主な要素は次のとおりです。
| 要素 | 期間への影響 |
|---|---|
| 反対咬合の程度 | 骨格的なずれが大きいほど、牽引に必要な期間が長くなる傾向 |
| 治療開始年齢 | 成長のピーク前に始められれば効果が出やすく、期間が短く済むことがある |
| 装着時間の遵守 | 1日の装着時間が短いと効果が出にくく、期間が延びる |
| 急速拡大装置の併用 | 横方向の拡大期間(数ヶ月)を含めた全体スケジュールになる |
一期治療のあと、永久歯列が完成するまでの経過観察期間があり、二期治療が必要な場合はさらに1〜2年程度の治療期間が加わることがあります。
費用の目安と決まり方
上顎前方牽引装置を含む小児矯正(一期治療)の費用は、一般的に20〜50万円程度が目安です。この幅が生まれるのは、クリニックごとの料金体系の違いと、症例(急速拡大装置の併用の有無や治療の難易度)によります。
カウンセリングで確認しておくと比較しやすいポイントを整理しました。
| 確認したい項目 | 内容 |
|---|---|
| 検査料 | レントゲン・歯型・セファロ分析が治療費に含まれるか別途か |
| 装置代 | 一括か、装置ごとに別途請求か |
| 毎月の調整料 | 治療費に含まれるか別途か (別途の場合は3,000〜10,000円程度が目安) |
| 二期治療費の体系 | 一期治療と二期治療でプランを分けているケースが多い |
小児矯正は基本的に自費診療ですが、顎変形症と診断され外科手術を伴う治療が必要な場合や、唇顎口蓋裂など厚生労働大臣が定める疾患に起因する咬合異常では、保険適用の対象となる場合があります。保険適用には、厚生労働大臣が指定した医療機関での治療であることが条件になります。
まとめ
上顎前方牽引装置は、上顎の骨ごと前に引き出して受け口を改善する、成長期のお子様だけが使える装置です。骨が成長しているタイミングを逃すと効果が出にくくなるため、気になり始めた段階で一度検査を受けて開始時期を見極めることが、選択肢を広げる最大のポイントになります。
押さえておきたいポイントは次のとおりです。
- 適応は骨格性の反対咬合。歯性か骨格性かは検査で判断する
- 上顎骨の成長ピークは10歳前後。6〜8歳ごろに一度受診するのが目安
- 装着は自宅と就寝時のみ、1日8〜12時間程度
- 一期治療は1〜2年程度、費用は20〜50万円程度が目安
お子様の受け口が気になる場合は、まず矯正専門のクリニックで検査を受け、骨格性か歯性かを見極めることから始めましょう。矯正歯科・口腔ケアクリニック知事公館前では、お子様一人ひとりの成長段階に合わせた治療計画をご説明しています。歯並びが気になった時点で、まずはお気軽にご相談ください。
記事監修者

矯正歯科・口腔ケアクリニック知事公館前
院長 三木善樹
大学病院で培った治療と予防の経験を地域の皆様にお届けしていきたいと考えております。矯正治療は長い時間をかけて歯並びを整える治療です。治療期間を通じて信頼できるパートナーとして寄り添えるよう、スタッフ一同努めてまいります。
- 経歴
- 1993年:徳島大学歯学部 卒業
- 1997年:徳島大学大学院歯学研究科 修了
- 1997年:徳島大学歯学部 矯正学講座 助手
- 2004年:札幌医科大学医学部 口腔外科学講座 助手
- 2007年:札幌医科大学医学部 口腔外科学講座 助教
- 2022年:矯正歯科・口腔ケアクリニック知事公館前 院長
- 所属学会
- 日本矯正歯科学会 認定医
- 日本口腔外科学会
- 日本顎変形症学会
- 日本口蓋裂学会
- 日本顎関節学会
- 北海道矯正歯科学会
- 日本骨代謝学会
- 歯科臨床研修医指導医
【上顎前方牽引装置を含む小児矯正に関する重要事項】
小児矯正(一期治療)は、顎変形症や唇顎口蓋裂など厚生労働大臣が定める疾患に起因する咬合異常で指定医療機関にて治療を受ける場合を除き、公的医療保険が適用されない自由診療です。
- 治療内容:上顎の骨を前方に誘導するため、お口の中の固定式装置とフェイスマスクを輪ゴムで連結して牽引する治療
- 治療期間・回数:一期治療の期間は1〜2年程度。その後永久歯列完成まで経過観察を行います(個人差があります)
- 費用の目安:20〜50万円程度(税込22〜55万円程度)。検査料・調整料・二期治療費の取り扱いはクリニックにより異なります
- リスク・副作用:装置周囲の歯磨きがしづらくなることによる虫歯リスク、装着時の違和感や圧迫感、装着時間が不足した場合の効果不十分、お子様の成長によっては期待した骨格的変化が得られない場合があります
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住所〒060-0003
北海道札幌市中央区北3条西14丁目2-2
ダイアパレス北3条第2 1F -
アクセス地下鉄東西線「西11丁目」・「西18丁目」駅から徒歩10分
JR函館線「桑園」駅から徒歩15分 -
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